「葵、質問があるのですがよろしいですか?」
「何かな?」
「何故、バトルロンド登録をしているのでしょう?」
「ノアは出れないし、あなたは兄さんとバトルロンドには出ない」
それは、私が希望して出ないことにしているのです。
バトルロンドよりもトライクレースに出ていたいですから。
とはいっても、真那への訓練もあって私も舞うことが出来ないわけではありませんが。
「だから、雪納と私で出る。いい考えだと思わない?」
「あの、葵?私は自分の意思で出ないのであって、マスターの意思ではありませんよ?」
「あれ?そうだったの?」
「えぇ。ですから、諦めてください。それに…」
マスターの名前で一応登録はされています。と言おうとした矢先でした。
「お、俺の京香!!」
バトルエリアの最も奥、リアルバトルコーナーで悲鳴が上がりました。
葵と顔を見合わせて、そちらへと向かいます。
そこには、崩れ落ちている神姫が1人。
「だ、誰か助けてくれ!俺の京香を助けてくれ!」
マスターと思われる人の叫びがむなしく響いていました。
「葵、よろしいですね?」
「連絡は入れておくけど、一人で運ぶのは無理じゃない?」
バトル空間へと入り込み、倒れている神姫の状態を確認、ボディ損傷は酷いですが
コア部分への損傷は免れているのかきわどいところのようです。
最寄の神姫センターまでは電車で4駅。
となれば、隣町にあるエルゴへの輸送がもっとも時間かかりませんね。
「エルゴへ輸送します。対戦していたあなたは手伝ってくださいませ」
自分の一撃でこんなことが…と放心しかけていた神姫に声をかけ、意識を呼び戻します。
それと同時に、武装をトライクへと変形させながらも、ナノスキンを起動。
トライクの外装カラーを白を基調とした赤のラインが入ったパターンへと変更。
操縦は、内部からでも外からでも出来ますが、どちらにしても運転に集中する必要があります。
そこで私達は、他の神姫に彼女を、京香さんを支えてもらう。という手段に出ることにしました。
「日暮さん?緊急搬送、神姫トリアージレッド!マスターは後から連れて行きます!」
「アークタイプほどのスピードは出ませんが、街中ならば私の方が早く行けます。準備はよろしいですね?」
「え、あ、うん。ちゃんと落とさないように頑張るから、お願い!」
トライクレーサーとして、武装神姫の1人として、彼女を救ってみせます。
アクセル全開、限定解除。
まずは、この2階から1階へと降りる。いえ、降りるよりも…
「対戦筐体2番横の窓を開けてください!」
他の常連によって、開けられた窓から飛び出て、隣の家の塀に降り立つ。
もちろん途中、壁を使って減速、衝撃を殺すことを忘れない。
「葵、先に向かいます!」
「よろしく!…恭二さん、私達も行きましょう」
段々と、高さを下げていきながら、ハイマニューバ型と呼ばれる真価を発揮して
人の足と足の間をすり抜けていく。
「ちょっと、横揺れが激しいよ!落としはしないけど、ダメージが響くかも!」
「了解しました。少し裏道へ入ります」
普段ならば、これ以上に速度を出して、左右へと振れるのですが
今は状況が状況。
早く運ぶことと、京香さんにこれ以上のダメージを与えない事、両方やらなくてはいけないのが
多少辛いところですが…、やりましょう、やって見せましょう。
マスターの神姫として、トライクレースに出るものとして、何よりも、背中の彼女とあの叫びの為にも!
そのとき、手元の通信デバイスへと、トライクレース仲間からの通信が入ってきました。
『ゆきにゃん?何してるの?』
「エルゴまで緊急搬送です」
『ん、ならあちしたちも手伝うよ。N-482E-154へ。一団になった方が走りやすいよ』
「お願いします!」
指定された座標の示す道へと出ると、待っていたかのように十を超えるトライクやバイクの群れに囲まれます。
「目標エルゴ、緊急搬送!一糸乱れずに、いくよ!」
「「「おー!」」」
総勢15台もの神姫による走行は、人間の目にも目立つようで、避けていってくれます。
何よりも、後ろのほうで四台がかりで赤色灯を持っている神姫もいるようですが
法令的に大丈夫なのでしょうか…?
合流してから5分後には、エルゴに到着して、店長である日暮さんに
京香さんを引き渡しすることが出来ました。
10分遅れて葵達もエルゴへと到着。
ここからは私達に出来ることは1つありません。
一緒に走ってきていたトライクレーサー達もトライクを武装形態にして
何かに祈っているようでした。
私も葵達と共に、京香さんの無事を祈らせていただくとしましょう。
3時間ぐらい経ってからでしょうか、日暮さんが奥から出てきました。
「京香さんの事だが、残念ながら…」
「そ、そんな…」
「残念ながらそのままの修復は難しくてね。新しいボディへの移植になったが、良かったかな?」
京香さんのマスターの絶望から喜びに変わる顔と、日暮さんに突っ込みを入れるトライクレーサー達を
私はきっと忘れることはないでしょう。